句碑・歌碑Mishima Yukio

山中湖文学の森 句碑・歌碑

山中湖 文学の森公園には山中湖にちなんだ俳人・歌人による
句碑・歌碑が19期点在しています。
木立を縫うように続く散策路で
山中湖の自然と文学に浸る時間を楽しんでください

多くの樹木、山野草、野鳥などが棲息する自然豊かな園内には、散策路が木立を縫うように続き、山中湖にちなんだ句碑、歌碑(レプリカ)が19基点在し、俳句・短歌愛好者や自然に親しむ人々の散策コースにもなっています。 (富安風生、三浦環、高浜虚子、万葉集、前田夕暮、金子光晴、与謝野晶子、伊藤左千夫、羽田岳水、保坂伸秋、鈴木貞雄)
山中湖文学の森 句碑・歌碑マップ
露涼し 朝富士の縞 豪放に : 富安風生 句碑

01露涼し 朝富士の縞 豪放に

富安風生 句碑

湖浮び 芒に沈む 荘の屋根 : 富安風生 句碑

02湖浮び 芒に沈む 荘の屋根

富安風生 句碑

女とは 母とハ 安産まつりかな : 富安風生 句碑

03女とは 母とハ 安産まつりかな

富安風生 句碑

馬に敷く 褥草にも 萩桔梗 : 富安風生 句碑

04馬に敷く 褥草にも 萩桔梗

富安風生 句碑

赤富士に 露滂沱たる 四遍かな : 富安風生 句碑

05赤富士に 露滂沱たる 四遍かな

富安風生 句碑

うたひめは つよき愛国心を持たざれば<br>真の芸術家とはなり得まじ : 三浦 環 歌碑

06うたひめは つよき愛国心を持たざれば
真の芸術家とはなり得まじ

三浦 環 歌碑

撰集を 選みしよりの 山の秋 : 高浜虚子 句碑

07撰集を 選みしよりの 山の秋

高浜虚子 句碑

富士の嶺の いや遠長き山路をも 妹がりとへば けによばず来ぬ : 万葉集 歌碑

08富士の嶺の いや遠長き山路をも
妹がりとへば けによばず来ぬ

万葉集 歌碑

山賤の おとがひ閉づる むぐら哉 : 松尾芭蕉 句碑

09山賤の おとがひ閉づる むぐら哉

松尾芭蕉 句碑

富士颪 ひょうびょうと 吹き凍りたる 湖のもなかに 波青くあがる : 前田夕暮 歌碑

10富士颪 ひょうびょうと 吹き凍りたる
湖のもなかに 波青くあがる

前田夕暮 歌碑

五つの湖がふじをめぐる 山中湖は鶺鴒 霧のなかのかるい尾羽 : 金子光晴 詩碑

11五つの湖がふじをめぐる 山中湖は鶺鴒
霧のなかのかるい尾羽

金子光晴 詩碑

安波安波と 富士容あり 炎天下 : 富安風生 句碑

12安波安波と 富士容あり 炎天下

富安風生 句碑

富士の雲 つねに流れて つかの間も 心おちいぬ 山中湖 : 与謝野晶子 歌碑

13富士の雲 つねに流れて つかの間も
心おちいぬ 山中湖

与謝野晶子 歌碑

夕ぐれの 三ヶ月のうみ 雲しづみ 腕しづまりぬ 妹に逢ひし夜は : 伊藤左千夫 歌碑

14夕ぐれの 三ヶ月のうみ 雲しづみ
腕しづまりぬ 妹に逢ひし夜は

伊藤左千夫 歌碑

庭として 花野を湖に かたむくる : 富安風生 句碑

15庭として 花野を湖に かたむくる

富安風生 句碑

赤富士に 露の満天 満地かな : 富安風生 句碑

16赤富士に 露の満天 満地かな

富安風生 句碑

富士かげる 月に鳴きつぐ 青葉木菟 : 羽田岳水 句碑

17富士かげる 月に鳴きつぐ 青葉木菟

羽田岳水 句碑

一天を 占めて富士あり 朝桜 : 保坂伸秋 句碑

18一天を 占めて富士あり 朝桜

保坂伸秋 句碑

赤富士の やがて人語を 許しけり : 鈴木貞雄 句碑

19鈴木貞雄 句碑

赤富士の やがて人語を 許しけり

Poet

俳人・歌人プロフィール

富安風生とみやす・ふうせい

1885~1979(本名・謙次)愛知県生まれ。
大正・昭和期の俳人。
東大独法科を卒業後、逓信省に入り、1937年(昭和12)逓信次官にて退官。1918年(大正7)福岡在任時代、俳句の道に入り、東大俳句会に参加。1928年「若葉」の選者となり、のちに主宰した。1929年「ホトトギス」同人。1953年(昭和28)山中湖村旭日丘の山荘(落葉松荘)に避暑。以来、山中湖でひと夏を過ごすようになり、地元俳人の指導、育成に貢献した。

三浦環みうら・たまき

1884~1946 東京生まれ。
明治・大正・昭和期のソプラノ歌手。
1930年(明治36)7月、東京音楽学校在学中(現・東京芸大)、日本最初の歌劇に主演。同校助教授、帝劇歌劇部のプリマドンナを経て、1914年(大正3)渡欧し、1922年に帰国。再びアメリカに渡り、1935年(昭和10)の帰国までに、日本人初の国際的プリマドンナとして、欧米各地で2000回の公演を行った。太平洋戦争末期、山中湖に疎開した環は山中湖平野の寿徳寺に母と共に眠っている。

高浜虚子たかはま・きょし

1874~1959(本名・清)愛媛県松山市生まれ。
明治・大正・昭和期の俳人、小説家。
伊予尋常中学のときに正岡子規と文通。仙台第二高等中学中退後、子規の俳句活動に参加。1898年(明治31)「ホトトギス」を引き継ぎ、子規の写生主義を継承した。1940年(昭和15)に虚子は山中湖に山荘を建て、句会や月例会を開き、地元の俳人との交流も行われた。

松尾芭蕉まつお・ばしょう

1644~1694(本名・宗房)三重県生まれ。
江戸時代前期の俳人。
俳諧師・北村季吟に師事。1677年(延宝5)に宗匠となり、職業的な俳諧師となる。1680年に深川に「芭蕉庵」を結ぶ。1682年(天和2)の大火で庵を焼失。翌年、甲斐国谷村藩(山梨県都留市)の家老・高山伝右衛門に招かれ、逗留。1689年(元禄2)、弟子の曽良と一緒に「奥の細道」の旅に出立。わび、さび、軽みなどの蕉風で俳聖と呼ばれる。

前田夕暮まえだ・ゆうぐれ

1883~1951(本名・洋造)神奈川県生まれ。
明治・大正・昭和期の歌人。
歌人・尾上柴舟(おのえ・さいしゅう)に師事し、明治末期の自然主義歌人として活躍。1906年(明治39)白日社を創立。「向日葵」(ひぐるま)を創刊。1911年(明治44)「詩歌」を創刊。昭和初期の新興自由律短歌運動に情熱をかけ、自ら口語自由律短歌を作り、「詩歌」をその拠点とした。

金子光晴かねこ・みつはる

1895~1975(本名・安和)愛知県生まれ。
大正・昭和期の詩人。
中学生のときに古今の文学作品を読み、作家を志す。21歳頃から詩作を始め、1919年(大正8)『赤土の家』を自費出版。同年、渡欧し、ヴェルハーレンやボードレールに傾倒する。帰国後、『こがね虫』を出版、詩壇に認められる。その後、東南アジア、欧州を妻・森三千代と放浪。1937年(昭和12)『鮫』を出版、批判的リアリズムの視点から軍国主義を批判した。1943年(昭和18)山中湖平野村に疎開。

与謝野晶子よさの・あきこ

1878~1942(本名・鳳しょう)大阪府堺市生まれ。
明治・大正・昭和前期の歌人、詩人。
1901年(明治34)に第1歌集『みだれ髪』を出版。奔放な愛の情熱と官能をうたい、社会的反響を呼んだ。同年、鉄幹(寛)と結婚し、晶子の浪漫的な歌風は「明星」の主流となった。また、渡欧以後、婦人問題、時事問題の評論、小説、童話、古典研究など多方面に活躍した。

伊藤左千夫いとう・さちお

1864~1913(本名・幸次郎)千葉県生まれ。
明治期の歌人、小説家。
1885年(明治18)上京、牛乳店で働く。1889年に搾乳業を営むかたわら、茶の湯と短歌に関心を深める。1900年に正岡子規に師事し、写実的手法を学ぶ。根岸短歌会の主要同人として活躍。子規没後、「馬酔木」(あしび)「アララギ」を通じて、指導的立場にあった。

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